県民への発信、広報等

県民への発信、広報等について

各地域のシニアライターが取材した記事を機関誌「あすなろ倶楽部」と当ホームページにて紹介しております。

内容

機関誌「あすなろ倶楽部」(専用ページへ)すこやか長寿コーナー仲間づくりCafe

すこやか長寿コーナー

長寿で元気で過ごされている方の元気の秘訣を紹介するコーナーです。

ワンカップ一杯で長生き?
荒川あらかわ マツエさん(野辺地町・107歳)

「おはよう」と声をかけながら部屋へ入っていくと、ちょうど朝食中でした。私を見て「誰だろう?」という感じで黙って食事を続けています。マツエさんの家族構成は孫の孝一さん(71)とその奥様、そのお子さんの長男(消防署勤務)、三男(漁師)の5人暮らし。取材した日は皆さんお休みの日でリラックス状態。そこを狙って取材に伺いました。「ばーちゃんは若いとき何をしていたの?」の質問に「ショイコ」との答え。30歳のときに旦那さんを亡くされ、4人の男の子を1人で育てなければならなかったそうです。夜もろくに寝ないで稼いだ、稼いだ。ここまで話したところで私に気づいてくれました。「下のママが?何しにきたど?わ、何おへれるど(何にも教えることないよ)。」

普段は自宅にマツエさん1人。マツエさんに留守番をお願いしている。しっかりしているが、押し売りが来ると「わ、ばばで何も聞こえないし分からない」としっかり断っています。元気なマツエさんですが、昨年お風呂で滑って転んで骨折し入院したそうです。お医者さんがマツエさんは耳が遠いと思ったのか、孫の孝一さんに「手術はどうしますか?私は100歳を過ぎた方の手術はしたことがないので…」とおっしゃいました。そしたら、マツエさんが「じゃ、別の病院さ行ぐ」と。先生もビックリ。「わ、歩けなくなるべ。違うところから先生呼んで手術してけろ」と言いました。その通り手術を行い、見事、今も元気で人の手を借りずに生活しています。毎晩、ワンカップ一杯。唯一の楽しみだそうです。町のみんなもいつまでも長生きして欲しいと思っています。

※平成29年1月にお亡くなりになられましたが、ご家族の意向により掲載させていただきます。

シニアライター 荒川 麗子 荒川 麗子 さん

あおもり長寿セミナー(RABラジオ)に荒川麗子さんが出演し、荒川マツエさんの元気の秘訣を紹介しました!!(平成28年12月31日(土)6:30~放送分)


【ラジオ収録の様子】

地域とのつながりを大切に
下田しもだ 吉助きちすけさん(六戸町・93歳)

吉助さんは大正12年11月10日生まれの93歳。学校を卒業後、実家の農業を手伝い、冬期間は縄ない、ムシロ織り等の藁仕事をしていた。14歳から岩手県の製鉄所へ出稼ぎに行っていたが、20歳のとき召集。満州国歩兵隊に配属されたが、敗戦により満州から引き揚げ、青森に帰った。

吉助さんは、平成元年から六戸町体育協会のゲートボール協会へ入り、週3回の練習をこなしている。現在もお元気で選手として活躍されている。

また、夏~秋にかけてストーブ用の薪の間伐をしたり、薪を割ったりと一日3時間半も作業をしている。健康を保つために実践していることは、早寝・早起き、野菜を多く食べ、規則正しく3食とる。タバコ、お酒は一切口にしない。また、友達を多く持ち、コミュニケーションをとり、地域のボランティア活動へも積極的に参加しているそうだ。出来るだけ体を動かすことを心掛けている。

幼少の頃からのいろいろな経験から得た、無理や無駄なことはしないという知恵が長寿に結びついていると思う。いつまでもご健康で…。

シニアライター 武田 茂 武田 茂 さん

あおもり長寿セミナー(RABラジオ)に武田茂さんが出演し、下田吉助さんの元気の秘訣を紹介しました!!(平成29年3月25日(土)6:30~放送分)


【ラジオ収録の様子】

元気の秘訣は人と関わること
木村きむら タマさん(弘前市・98歳)

今日は98歳の木村タマさんをご紹介します。大正7年10月29日、弘前市浜の町で4人兄弟の長女として誕生しました。現在は娘さんと同居されています。元気の秘訣は他人と交わり、楽しくおしゃべりをし、クヨクヨしない事。頂いた年金は残さず、貯めずに使う事と豪快に笑い飛ばしていました。

若い頃は縄屋で働き、ムシロ・縄などを編んでいました。お昼休みはお友達とコギン刺しを楽しみ、現在も日常持ち歩くバッグ・壁掛け等も刺して飾っていました。靴下カバー等は今でも編む目数も記憶し、同居の娘さんに教える程です。他に共立寝具に20年以上勤められ、退職後はお医者さん宅の留守等もされ、75歳で全てのお仕事を離職されました。又、5年程勤務されたニッカウヰスキーの会社から今でも会合に招待され、お友達の工藤タミさん(96)と参加し、「コップ一杯のお酒を飲むのも楽しみである」と語ってくれました。旅行も大好きで、ほぼ全国を旅しました。最後の旅行地・長崎原爆平和公園の銅像を体で表現し、私を笑わせてくれました。

しかし、悲しい事もありました。初めての我が子(男児・1歳半)を事故で亡くした時は世の中を恨み、又、ご主人と21年前に死別した時も悲しかったと寂しく語ってくれました。

最近、タマさんに悩み事があります。体形上、ファッションが似合わなくなって来たのでは?ということです。今日も永年愛飲しているリポビタンDを飲み元気にデイサービスへレッツGO!

シニアライター 石岡 むつ子 石岡 むつ子 さん

あおもり長寿セミナー(RABラジオ)に石岡むつ子さんが出演し、木村タマさんの元気の秘訣を紹介しました!!(平成28年12月31日(土)6:30~放送分)


【ラジオ収録の様子】

華道一筋60年以上
盛田もりたみねさん(91歳・十和田市)

盛田 みね さん盛田 みね さん

盛田さんは大正4年12月8日、七戸町のサラリーマンの家庭で4人兄妹の二女として生まれた。

19歳のときに結婚し、4人の子どもを育てた。若い頃は看護師として働いた。華道は、資格を取りながら、青森市の西田先生のところへ20年通った。その内に京都の池坊学園で1期から4期まで2年、その上を目指して10年間列車で通った。1期は1週間宿に泊まり、下の資格から順に修得して行ったそう。「冬は特に厳しかった」と語る。帰ってからは十和田支部でお弟子さんを取り、多いときは60人もいた。木曜、土曜2時からフローリスト十和田で教え、出稽古にも市役所、中央病院等へ行った。今でも警察署の玄関に1週間おきに花を飾っている。今でも思い出されるのは、東北六県大会で十和田支部が3回受賞、池坊のたちばな賞も3回受賞したこと。「今では、お弟子さんがコンクールで賞をもらうと自分のときよりも嬉しく思う」

お弟子さんは「先生の花へ向かう姿勢が素晴らしく、特に花を生けるときの厳しさ、情熱、ハサミ捌きは衰えを知らない」と話す。

先生は「自分は決めたことは納得するまで追求して、自分に責任を持ってやっている。これで良いと思うものはまだないが、これからも目標達成のために頑張りたい」と話していた。

シニアライター 元木キン子 元木キン子 さん

手仕事で退屈知らず
工藤くどう愛子あいこさん(89歳・青森市)

工藤 愛子 さん工藤 愛子 さん

愛子さんは昭和2年7月20日、旧相内村(現五所川原市)で生まれる。女6人、男2人の次女で、第二子である。父親は警察官で、小泊の相内で生まれたので、愛子と名付けられた。

父親が転勤族であったために、幼少時は伯父の家に預けられていた。伯父宅は手広くりんごを作っていたため忙しく、愛子さんが家事の手伝いをしていたが、やり方が分からず困ったという。そんなとき助けてくれたのは忙しい伯父で、女子師範学校受験の際、受験を止めようと思った愛子さんをなだめ、背中を押してくれた。

女子師範学校卒業と終戦がほぼ同時期で、愛子さんは従弟と結婚。旧車力村牛潟(現つがる市牛潟町)で結婚生活、教員生活を始める。「戦争は終わったものの、まだ物のない時代に働きながら子育てしなければならず、子どもの洋服は手づくりしていた。自分でも出来ないようなことを子ども達にも教えねばならず、音楽などはピアノが弾けずとても困った」と昔を思い出しながら話されていた。

現在、子育てに学んだこと、教師時代の勉強のおかげで書道や手芸等、手仕事が好きで常に手を動かしている。手を動かすことが元気の秘訣のようだ。

シニアライター 竹内 志保 竹内 志保 さん

カラオケ唄って元気
奈良ならキサさん(82歳・青森市)

奈良キサ さん奈良 キサ さん

キサさんとは協立病院の新城支部が主催する旅行でご一緒し、長身でステキな洋服を着て演歌を唄っているのが印象的で、インタビューしようと決めた。

キサさんは昭和9年6月18日、女5人男3人姉弟の長女として木造町に生まれた。学生時代はバスケットボールをしていたという活発な子どもであった。しかし、あるバスケットボールの試合が終わった夜、腹痛を起こした。腹痛の原因は虫垂炎だったが、痛みを我慢していたためすでに破裂。長期で入院をしなければならなくなった。時は15歳の春。キサさんは合格していた高校に通うことが出来なかった。父親は高校へ入学するのを諦めさせ、洋裁などの手仕事を習わせた。

その後、中学校の教師である男性と出会い結婚。22歳のときである。結婚後も何度もの大病を患ったが、37歳のときに子宝にも恵まれた。

キサさんの元気の秘訣はお腹からの発声。キサさんは唄うことが好きで、演歌がとても上手である。そのときに着るステージ衣装は、着物などを自らリメイクしたドレス。その素敵なドレスを着て、お腹から発声するのが何とも気持ち良いそうだ。

そして、もう一つ重要なのは、毎年欠かさない健康診断である。何度もの大病を乗り越えられたキサさん。「健康診断は重要である」と力強く語る。

これからも手作りのドレスで、颯爽と舞台へあがり、美声を披露してくださることを期待している。

シニアライター 竹内 志保 竹内 志保 さん

心の声に耳を傾ける
長内おさない 利雄としおさん(青森市・82歳)

傾聴活動を始めて、6年目に入ったという「だんぼ」の代表である長内さんにお話を伺った。

傾聴ボランティア活動を始めたきっかけは、長く教育や福祉分野の仕事をしてきた経験から「人は話を聞くよりもおしゃべりをしたい心が強い」という確信を得たことにあるという。その理由は、社会が複雑になり、人間的な結びつきを求めても、それが難しくなっていて、大抵の人は孤独感に耐えながら生きているからではないか?言いたいことはたくさんあり、言わずにはいられないが、心を開いて聞いてくれる人がいないからではないか?と考え、それは自分たちに出来ることではと福祉オンブズマンの仲間に呼びかけて始めた。

‘聴く’ことの効果は
 1.一人じゃないと感じる
 2.気づきになる
 3.気持ちが軽くなる

ということがあり、自殺予防にもつながると言われている。「だんぼ」は毎月20日青森市役所4階の市民協働交流サロンで13時から15時まで開いている。

以前は東奥日報にお知らせを掲載していて、黒石や弘前からも参加があった。現在はチラシや口コミでサロンを広めている。参加は無料で、安心して話が出来る場であり、会員も傾聴の研修を積んでいるので、心配せずにお出でいただきたいとのこと。

長内さんはデンマークなどの福祉先進国を訪れたり、「絵手紙の会」や童話を書いたり等、話題が豊富なので、会員の皆さんも例会が楽しみだと話している。

≪お問合せ先≫
傾聴サロン「だんぼ」
代表 長内 利雄
連絡先 017-776-6288
年会費 1,000円

シニアライター 鹿内 文子 鹿内 文子 さん

「ヨガ」で元気
石戸いしとりょう さん(90歳・青森市)

石戸 良 さん石戸 良 さん

石戸 良さんは、大正15年7月28日、朝鮮半島でりんご農家をしていた御両親の元に、女2人、男4人の次女として生まれた。20歳まで暮らしていたが、戦争のために、それまで築いた財産のすべてを捨てて、日本へ着の身着のままの状態で引き上げざると得ず、辛かったと淡々とおっしゃった。

引き揚げ後は、銀行へ勤めたり、食料事務所で働いた。26歳のときに、国鉄に勤める男性と結婚し、一男一女を授かる。

ご主人が「ヨガ」に興味を持ち、静岡県の三島まで、一緒にヨガの講習に通ったという。そのかいあって、現在は市民センターなどで週4回の教室を開催している。その教え方も優しく温厚で、決して無理をさせない。その人の身体はその人にしか分からないのだから、言葉でのアドバイスは良いが、手を出して直してあげたりするのはその人のためにならないという。今はご主人と娘さんの三人暮らしで、石戸さん自身に介護が必要になったら家族の負担になるからと、ヨガ教室のない日は体操に通っているという。そして、若い時には出来ていたヨガのポーズが加齢と共に出来なくなった時もあったが、体操をはじめたらまた出来るようになったとニコニコと話されていた。どこまでも、いつまでも前向きに生きていかれる方だと思う。

シニアライター 竹内 志保 竹内 志保 さん

取材をとおして…

石戸さんは、西部市民センターで「ヨガ」の教室を開いておられ、私も28年4月より仲間に入れていただいた。受講生のほとんどが70歳代の女性で石戸先生が時々ヨガの順番を間違えたりすると、生徒が「先生違いますよ」と口添えしたり、バスの時間の都合で、少し早めにお帰りになるのだが、先生ご自身は時間を気になさることなく、生徒の誰かが「先生(お帰りの)お時間です」とお教えするのが常で、とても和やかなひと時である。

社交ダンスに生きがいを求めて
須藤すとう 勝彦かつひこ さん(88歳・弘前市)

須藤 勝彦 さん須藤 勝彦 さん

あるダンスパーティーに参加した。ご高齢と見られる人が燕尾服に身を包み、背筋を伸ばし、若い女性とデモンストレーションする姿を拝見した。その人が須藤さんである。

須藤さんは野辺地町に生まれ、青森市在住のおばの家から青森工業高校に通った。卒業と同時に満州鉄道に入社。終戦後、裾野村役場に勤務。市町村合併により弘前市職員として定年まで勤められた。

定年後、社会福祉協議会に勤務し、高齢者の生きがいづくりに奔走。特に軽スポーツの普及に努めた。

七十歳で奥さんに先立たれ、一人暮らしを余儀なくされた頃から「自分の健康は自分で守らなければならない」との強い信念を持つようになった。

以来、今まで指導・普及してきた軽スポーツを自ら実践する。その他社交ダンス、フォークダンス、スポーツセンターでのトレーニング、囲碁等全ての時間を健康と生きがいづくりに当てた。

特に社交ダンスは一週間の多くを練習時間に充て、生きがいの中心にすえている。

健康で長生きするコツをお聞きした。

「健康づくりは仲間づくりが一番。仲間とランチを食べながら、おしゃべりを楽しむこと」「健康づくりにはお金がかかるもの。医者にかかるより健康にお金を使う方が楽しい」

実に雄弁で明快。話が尽きない。楽しいインタビューであった。

シニアライター 栗林 欣一 栗林 欣一 さん

なごやかに生きる
竹内たけうち てい さん(90歳・十和田市)

竹内 てい さん竹内 てい さん

竹内さんは大正15年5月1日生まれの90歳です。十和田村に育ち女子師範学校卒業後、三戸小学校へ勤めました。その後、終戦まで勤め、結婚したそうです。その翌年から義母を15年間介護した後、六ケ所村立戸鎖小学校に再就職。昭和60年に退職しました。その2年後、退職公務員連盟の女性部の部会長に。20年間も務めたそうです。月1回、健康や運動、よもやま話、勉強会、小旅行等のたくさんの行事を企画・運営しました。計画は大変でしたが、運営委員の方々に助けられながら務め上げました。とにかく多忙な日々を過ごしていたそうです。様々な講演に呼ばれたり、老人クラブの会長も6年間務めました。

パッチワークや庭のガーデニングが趣味の竹内さん。趣味のおかげで心が穏やかになり、いつでも挑戦や実行が出来たのかなと語っていました。

笑ってイライラしないことがモットーだそうです。自分の気持ちがなごやかであることが何にも増して大事。おかげで平成28年10月11日、市から長寿の賞をいただいたそうです。いつまでもお元気で。

竹内 てい さん

シニアライター 元木 キン子 元木 キン子 さん

読書で日々勉強
波多江はたえ たま さん(101歳・弘前市)

波多江 たま さん波多江 たま さん

波多江たまさんに先般お伺いしましたが、私自身大変勉強になることばかりでした。顔は血色も良く、しわもあまりなく言葉ははっきりと感性豊かなおばあさんでした。ピアノ教室を開き、指導をしている娘さんと2人で暮らしています。たまさんは過去2回の戦災にあっています、1回目は東京大空襲、2回目は疎開先の青森で空襲に遭い、大変苦労されたそうです。

現在は親孝行な娘さんと2人で過ごし、娘さんに健康に関してのアドバイスをもらっています。自分の身の回りのことはすべて自分で行うこと、また日常生活においては規則正しく、常に姿勢は正しく保ち、昼は出来るだけ起きて手仕事をすることを続けています。本人は読書を好み、新聞もくまなく読み社会教育や政治に関することなど勉強をしているようです。熱心に本や新聞を読み、勉強をしていることが長寿の秘訣でしょうか。また、ストレスを溜めずに、つまらないことでくよくよせず、心豊かに毎日感謝の心を忘れず、自分のやるべきことに精進していることが長寿の道であると思います。

シニアライター 葛西 憲之助 葛西 憲之助 さん

休まずに活動することが元気の秘訣
菊池きくち 正八しょうはちさん・97歳・大鰐町)

菊池 正八 さん

大正8年5月5日の大鰐に合併前の蔵舘に誕生する。小学校時代から大山大将で、乱暴で仲間を集めてはリレー競技。山に行ってサクランボの大樹に登り腹いっぱい食べた。夕方母が帰る頃には、約200㎡の池へ行き、3,4杯の水汲みが日課だった。小学校卒業後、長峰高等小学校往復8kmを毎日通った。卒業後、五所川原農林高校で、スキーや野球で鍛えた。卒業後、明治大学専門部へ入学。卒業後、満州本渓湖煤鉄公司に入社。昭和18年帯広で入隊し、その後各地に配属され、21年に帰還した。戦後、スキー復帰に努力。父の後を受け、りんご商となる。昭和36~38年東南アジアにりんごの宣伝で県知事などに同行。スキーでは世界各地を旅行した。

このように休むことなく、次から次へと活動した。何事も継続は力なり。今もグランドゴルフを楽しんでいる。

(※今回の記事は自身のことを紹介してくださいました。)

シニアライター 菊池 正八

元気にしゃべって90歳
舘岡たておか セ子さん・90歳・青森市)

舘岡 セ子 さん

舘岡セ子さんは大正15年3月11日、新城村(現青森市新城平岡)に女2人、男3人の5人目として生まれた。

生家は農家で、母親が線路沿いに青森まで歩き、路傍で野菜を売るなどして生計をたてていたという。

セ子さんは高等小学校2年まで通い、岩手県の六原の農場で研修を受けたり、新城の村役場で働いたりした。淡谷悠蔵さんも新城に住んでいて時々声をかけられたそうである。その当時は戦争の最中で、農家だったので米はあったが、量を増やすために大根などを一緒に炊いたご飯で、ジャガイモはごちそうだったという。また、道端のよもぎなどは、みんなに全部採られ、きれいになくなってしまったらしい。

男3人、女1人の子どもに恵まれ、現在は長男家族と同居していて、朝食は自分で牛乳とブルーベリーを練り込んだパンを用意して食べ、長男のお嫁さんが作ってくれる塩分控え目の料理もいただく。長男がセ子さんとのおしゃべり付き合いに根をあげる程のお話好き!お話好きというのが長生きの秘訣かもしれないですね。

シニアライター 竹内 志保 竹内 志保 さん

仲間づくりCafe

団体やサークルを紹介するコーナーです。

健康体操でさわやかな汗
中央健康体操クラブ(青森市)

クラブのなりたちは、24年間に青森市中央市民センター寿大学の学習カリキュラムに組みこまれていた「健康づくりのための体操」だったが、現在は広くシニア層が参加出来る。

会員数は46名で、うち男性は2名、会長の徳差修さん(84)は「班をつくり役割分担して力を合わせている」と若々しい表情で話された。会場は中央市民センター内、毎月第1・2・4水曜日午後1時から2時45分まで行っている。講師はスポーツ推進員の秋元愛子さん(75)で、プログラムはバラエティに富む。

始めは、ゆるやかなストレッチ後、軽快な音楽に合わせて自由に歩きながら、講師から指示される人数でグループをつくる。はずれた人は自己紹介をすることになるので、ドキドキしながらも、皆さん軽やかに胸を張り、背筋をピーンと伸ばして姿勢が良い。7人位のグループになったら、腰を下ろして手をつなぎ腹筋を使って、花の咲く様子を見事に表現し素晴らしかった。

休憩後のレクダンス、“ねぶた”、“ミッドナイトアワー”は一緒に踊りたくなるほどの楽しさが伝わってきた。最後は整理体操で、あっという間に時間が過ぎ、皆さんのさわやかな笑顔が印象に残った。

<会員の方から>
最近入会したが、仲間達のやさしい声がけと講師の気遣いで気後れせず参加している。もっと多くの人、特に男性にも参加の後押しがあれば、介護予防や医療費の軽減になるのではないかと思う。

<講師から>
まずは体験してみてほしい。続けている内に身体の動きはよくなり、体力、知力につながる。

≪お問合せ先≫
会長 徳差 修
電話 017-738-0120

シニアライター 鹿内 文子 鹿内 文子 さん

あおもり長寿セミナー(RABラジオ)に鹿内文子さんが出演し、中央健康体操クラブについて紹介しました!!(平成29年3月25日(土)6:30~放送分)


【ラジオ収録の様子】

いつまでも元気に
三戸町職員退職者福祉会(三戸町)

私達、三戸町職員退職者福祉会では名前の通りに三戸町役場OB会とも言って、会員相互の親睦と健康増進・地域への奉仕活動などを行っている。

その内容は三戸町のシンボルの城山公園の清掃、町職員と交流を兼ねてのスポーツ大会、会員によるスポーツ大会、研修旅行、旧正月を祝うトランプ大会などたくさんの事業を実施している。

今年は、6月に関根ふれあい公園でグラウンド・ゴルフ大会、7月には役場職員との交流ドッヂビー大会、10月にウォークラリーを兼ねた日帰り研修旅行を行った。

研修旅行当日は20名の参加で紅葉まっさかりの黒石方面へ、城ヶ倉大橋、黒森山浄仙寺、中野もみじ山、津軽こけし館、伝承館そして十和田湖と心癒される旅となり、元気でいられる幸せをしみじみと感じ取れた1日となった。

城ヶ倉大橋は、寒さに震えながらウォーク、黒森山浄仙寺で熱々のドーナツとコーヒーでいっぷく。伝承館でのバイキングランチに舌鼓を打った。今度は旧正月だねと家路についた。

ともすれば、定年退職で安心してしまい、目標を失いかけて病気がちになる仲間もある中で、これまで培ってきた豊富な知識と経験を生かし、地域に貢献しつつ健康で暮らせるようにしようと合言葉で楽しく活動している。

シニアライター 川村 あき子 川村 あき子 さん

定年後の語り合いで健康維持 土曜会(弘前市)

自分が在職中から気の合った人を中心に毎月一回会って、日常の過ごし方、あるいは健康状態など、お互いに語り合いをしていた。当初は若干の在職者にも入っていただき、現在の会社の状況などで、退職者としてのアドバイスを行ったこともあり、それなりの成果をあげることができた。

平成16年からは、活動も軌道に乗ったこともあり、会の名称を「土曜会」として、隔月第1土曜日、午後5時から1時間、近況の報告をして、お酒やジュースを飲みながら雑談し、次の開催日まで元気で頑張ることを確認している。

会員数は平成28年8月の時点で11名、平均年齢は78歳である。これからも健康を維持しながら、さらに新しい取り組みなど様々検討しているところである。

シニアライター 福士 紀一 福士 紀一 さん